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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)14号 判決

原告 昭和電工株式会社

右代表者代表取締役 岸本泰延

右訴訟代理人弁理士 菊地精一

被告 特許庁長官 宇賀道郎

右指定代理人 松田大

〈ほか一名〉

主文

特許庁が、昭和五六年一一月二四日、同庁昭和五二年審判第四四四七号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四七年一二月四日、発明の名称を「気体中の水銀除去法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和四七年特許願第一二〇七二六号)をし、昭和五一年七月二一日意見書の提出及び手続補正をしたが、昭和五二年一月一九日拒絶査定を受けたので、同年四月一三日これに対する不服の審判(昭和五二年審判第四四四七号事件)を請求し、同年五月一一日及び一〇月二五日手続補正をしたところ、昭和五三年七月一七日出願公告(昭和五三年特許出願公告第二三七七七号)があったが、同年九月一八日、特許異議の申立てがあり、特許庁は、昭和五六年一一月二四日、特許異議の決定をするとともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同年一二月二二日原告に送達された。

二  本願発明の要旨

水銀を含有する気体を次の一般式にて示される条件下に硫酸を含浸せしめた活性炭と接触させることを特徴とする気体中の水銀除去法。

三  本件審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりと認められるところ、本願発明の特許出願とは出願人及び発明者を異にして、昭和四七年一〇月二六日に特許出願(特願昭四七―一〇七七二三号)され、昭和四九年六月二五日に出願公開(特開昭四九―六五三九一号)された特許出願の願書に最初に添附した明細書(以下「引用例」という。)には、次の事項を内容とする発明が記載されている。

①  水銀を含有する気体を、硫酸を含有せしめた活性炭と接触させることにより、気体に含まれる水銀を除去すること。

②  気体に含まれるミストや水分をできるだけ除去しておくのが吸着剤の寿命を延ばし、活性を維持するうえから好ましいこと。

そこで、引用例記載の発明との対比において、本願発明をみるに、本願発明において気体を吸着剤と接触させる条件を前記本願発明の要旨のとおり特定していることが、検討を要する事項として掲げられる。請求人(原告)は、この条件の特定に関し、昭和五一年七月二一日提出の意見書において、「処理後の気体中の水銀の量を長期間にわたり通常の水銀検知管の検知限界以下に迄除去するに必要な条件」であると述べ、また、例をもってその条件の有意性を主張している。更に、昭和五四年四月九日提出の特許異議答弁書において、「本発明の方法は湿分の多いガスでも、示された条件に吸着剤を昇温しておけば、ガス中の水分を予め除去することなく、そのまま吸着剤と接触させることができ、また極めて効果的に水銀を除去し得ることを示すもの」であると主張している。しかしながら、吸着剤を条件式で特定される温度に保持することは、本願発明の要件とされているが、吸着剤を条件式で特定される温度に昇温することが本願発明の要件とされていないことは、前記本願発明の要旨から明らかである。

さて、引用例記載の発明にあっては、前記のとおり、気体に含まれるミストや水分をできるだけ除去しておくのが望ましいとされており、このことは、気体に多量のミストや水分が含まれる場合、換言すれば、ミストや水分の分圧が高い場合、そのミストや水分が吸着剤に吸着され、その反面、吸着剤により本来吸着すべき水銀の量が低下することを示すものと解される。次いで、本願発明の条件式について検討するに、飽和蒸気圧と温度との関係を、飽和蒸気圧の対数と絶対温度の逆数との一次函数として推定することは、キルヒホッフ(Kirchhof)の式として当該技術分野において普通に知られており、このキルヒホッフの式と本願発明の条件式とを比較すると、本願発明の条件式に従う場合、所定温度における水分圧は、その所定温度における飽和蒸気圧より若干低い値以下に保たれていることになる。しかしながら、このような水分圧の調整は、吸着剤の機能を充分に発揮させることを目的とした引用例記載の発明における気体に含まれる水分をできるだけ除去しておくことと、実質的な意味において同一であると認められる。換言すれば、引用例記載の発明における気体に含まれる水分をできるだけ除去しておく程度とは、気体に含まれる水分が吸着剤で捕捉されないような程度であり、そのことは、気体に含まれる水分を飽和蒸気圧より相当低めた値とすることを意味するものと解される。すなわち、本願発明の条件式は、引用例記載の発明における気体に含まれる水分をできるだけ除去しておくことの具体的態様にとどまり、これによって別発明が構成されるものではないと判断する。

したがって、本願発明は、特許法第二九条の二の規定により特許を受けることができない。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、本願発明の要旨及び引用例記載の発明の技術内容の認定を誤り、その結果、本願発明と引用例記載の発明との構成上及び効果上の差異を看過し、ひいて、本願発明をもって引用例記載の発明と同一の発明であるとの誤った結論を導いたものであるから、違法として取り消されるべきである。すなわち、

1  本願発明の要旨について

本願発明は、水銀を含有する気体を、特定の算式によって規定された条件下で、硫酸を含浸せしめた活性炭と接触させることを特徴とする乾式法に属する気体中の水銀除去法であり、特に、気体中の水銀の除去率が処理すべき気体中の水分及び処理温度と密接な関連を有し、水分圧に対する操作温度を限定することにより顕著な水銀の吸収効率を示すとの知見に基づき、その具体的な相関関係を臨界的意義を有する数式化に成功し、その特定の式によって規定された条件下で接触処理すれば、処理後の気体中の水銀の量を通常の水銀検知管の検知限界以下にまで除去するという顕著な効果をあげることを可能ならしめたものである。これを具体的に説明すると、本願発明の条件式に従って水銀を含有する気体を処理する場合、例えば、二〇度C(室温附近)の飽和湿分気体については、七四・二度C以上の吸着操作温度で処理しなければならず、また、〇度Cの飽和湿分気体については、五〇度C以上の吸着操作温度で処理しなければならず、逆に、二〇度Cの吸着操作温度で処理するとすれば、処理すべき気体中の湿分をマイナス二五度Cにおける飽和湿分相当量以下まで除湿しなければならない。右の操作温度について詳述すると、水銀含有気体の吸着処理操作をすべき温度、換言すれば、水銀を含有する被処理気体と吸着剤との接触が図られる温度であって、被処理気体及び吸着剤のそれぞれ単独ないし双方を特定式に保持することを意味するが、通常の場合、前記例示のように、ほとんど操作温度の方が被処理気体の温度よりも高くなるため、予め吸着剤を所定温度まで加熱昇温しておくこと、及び操作中その温度を保持するため、吸着剤を適当な方法で保温するとともに、これと接触させる被処理気体を同じ温度まで加熱昇温しておくことなどが必要となるものである(ただし、実際上は、吸着剤の予熱がなくとも、これに被処理気体を流通、接触せしめれば、吸着剤の温度は、直ぐに被処理気体の温度と同じになり、実質的には吸着剤を加熱昇温したのと同じことになる。)。そして、本願発明は、その構成により、本願発明の明細書の実施例及び図面(グラフ)に示すとおり、処理後の気体中の水銀が検出限界以下である〇・〇二ppm以下になるという顕著な効果を奏するものである。これを本願発明の条件式に即して述べると、本願発明は、被処理気体中の水分圧(p)に対応して操作すべき温度の最低の温度(t)を定め、それ以上の温度で吸着剤に接触させることを要件とするものであって、水分を除去するものではなく、含まれる水分に応じて操作すべき温度を定めたものであり、本願発明の明細書には、本願発明の適用範囲を確認するため、被処理気体に水分を添加したり、又は脱水したりした実施例をあげているが、水分圧(p)が相当大幅に変化しても満足できる結果を得ており、この実施例を相対湿度で表すと、本判決添附の別表記載のとおりとなる。被告は、本願発明の操作温度に関する原告の主張に対し、吸着床を加熱昇温することを本願発明の要旨とするかのような解釈は根拠を欠くものである旨主張するが、原告は、本願発明において定める条件は特別の手段を講じない限り現出不能であること、実施例にも、吸着床の外部を保温し、八〇度Cないし一二〇度Cで吸着を行う例が示されていること、また、常識的にみても、一定の反応条件を維持するためには、反応開始に当たり触媒床又は被反応気体のいずれか又は双方を加熱、冷却することは、ごく普通のことであることから、現実的には、本願発明の条件を満足させるためには加熱手段が必要であることを主張したものであって、吸着床を加熱昇温することが本願発明の構成要件である旨主張するものではない。この点は、本判決添附の別表の記載からも明らかであるが、本願発明の条件式に示すところを相対湿度で表すと、次のとおりとなり、これは、特別の手段を講じない限り、現出できないものである。

処理温度(℃) 露点(℃) 相対湿度(%)

三七・八 マイナス一〇・〇 四・三五

五〇・〇 〇・〇 四・九五

六二・六 プラス一〇・〇 五・四三

七四・二 二〇・〇 六・二五

八〇・四 二五・〇 六・五七

八六・七 三〇・〇 六・八五

九八・〇 四〇・〇 七・八一

この点を別の角度から述べると、日本では、相当強い乾燥時でも、相対湿度は、六〇%以下となることはなく(甲第五号証の三の昭和三三年一二月一五日日刊工業新聞社発行の「除湿」第五頁の表一・一)、また、世界の都市の平均湿度をみても、比較的乾燥した都市であるカイロでは、相対湿度は五〇%以上であり、更に、低い湿度が要求される産業においても、その相対湿度は、通常二〇%ないし五〇%であって、一〇%以下のものは、二例があるにすぎず(同号証の二第一一頁の表一・二)、更にまた、空気その他の気体から徹底的に水分を除去することが必要なこともしばしばあり、その場合は、もはや除湿ではなく、乾燥というべきところ、この点からすれば、本願発明の条件式を満足させる湿度の状態は、除湿よりも乾燥に近いものというべきであって、このように水分を除去しないで温度でその条件を満足させようとするところに、本願発明の特徴があるのである。

2  引用例記載の発明について

引用例記載の発明は、鉱酸と接触せしめた活性炭を有効成分とする水銀蒸気の捕集剤であり、引用例には、鉱酸として硫酸も開示されている。しかし、引用例には、本願発明の要旨とする特定の算式によって規定された条件下で水銀含有気体を吸着処理することについては、全く記載されておらず、単に、「上記捕集剤を用い水銀蒸気を捕集するに当り、ガス中に含まれるミストや水分を出来るだけ除去しておくのが捕集剤の寿命を延ばし、活性を維持する上から好ましい。」旨記載されているにすぎず、被処理気体の温度、水分含有量及び捕集剤の温度について、具体的数値は全く示されていないのであって、これを端的にいうと、引用例記載の発明は、単に水分除去の点にしか着目しておらず、水分圧及び操作温度については無限定である。本件審決は、ガス中に含まれるミストや水分をできるだけ除去しておくのが望ましい旨の引用例の記載について、気体に含まれる水分を飽和蒸気圧より相当低めた値とすることを意味する旨認定しているが、引用例には、右記載に続いて、水洗塔を通り、ミストを除去し、ブライン冷却により水銀濃度を約三分の一ないし一〇分の一とし、更に、ミストセパレーターでミストを除去し、次いで、水銀蒸気の捕集剤と接触させる方法によって行うのが望ましい旨記載されているだけで、実施例も含めて温度と水含有量との関係について触れるところはなく、引用例に開示されている気体中の水分の除去とは、水分の絶対的量の除去を意味し、相対湿度的な思想(温度との関係)は、引用例記載の発明においては全く顧慮されておらず、引用例には、ミストを除去した相対湿度が一〇〇%(ミストセパレーターでミストを除去しただけでは、相対湿度は一〇〇%を越えることが普通)の例が開示されているだけである。また、被告は、引用例の記載に関連して、ミストの除去と水分の除去とは全く別の技術であり、得られる条件も全く別異のものである旨主張するが、本件で問題になるのは、技術の異同ではなく、ミストの除去によってもたらされる条件と水分の除去によってもたらされる条件とが、湿度において全く異なるものであるか否かが重要であり、更には、引用例に記載するところが、本願発明のように相対湿度で一〇%以下という高い乾燥状態まで示しているか否かにあるところ、仮に、ミストの除去と水分の除去とが別技術であるとしても(原告としては、同一技術であると考えるが)、引用例には、ミストの除去と水分の除去とが並列的に記載されており、ミストの除去と水分の除去とは、湿度の点においてはさ程変わらないものと解されるから、ミストをできるだけ(理論的には一〇〇%)除去した気体の水分が飽和(相対湿度一〇〇%)している以上、水分をできるだけ除去した気体が、何ゆえに、本願発明のように相対湿度が一〇%以下の高い乾燥気体までをも含むのか説明することができない。例えば、吸着処理する場合に相対湿度をどの程度低下させる必要があるかについて、昭和三六年一二月二五日廣川書店発行の「吸着技術」第一三八頁(乙第一号証)には七〇%、昭和五〇年七月一日化学工業社発行の「吸着」第八九頁(乙第二号証)には四〇%、昭和三三年一二月一五日日刊工業新聞社発行の「除湿」第一〇頁(甲第五号証の二)には低い湿度が要求される産業では二〇%ないし五〇%にそれぞれ低下させる必要がある旨記載されているだけで、いずれの証拠にも、本願発明のような相対湿度一〇%以下の高い乾燥状態は開示されておらず、特に、本願発明のように汚染された大量の廃ガスにどのような除湿手段で何%まで低下させるべきかというようなことを開示したものはない。

3  技術水準について

被告は、本願発明の特許出願当時の技術水準によると、本願発明の硫酸を含浸した活性炭で気体中の水銀の除去を行う場合、水分と水銀蒸気が競合吸着を起こすものと考えられていた旨主張するが、そのようなことは、引用例にも乙号各証にも記載されておらず、ただ、昭和三六年一二月二五日廣川書店発行の「吸着技術」第二七頁ないし第三二頁には、「混合吸着」の項があるが、そこには、混合吸着は理論的取扱いが複雑であるとして、単に混合吸着の現象のみが説明されているにとどまり、それによると、シリカゲルと活性炭とでは吸着現象が異なることが明らかにされているのであって、一般論では論じることのできないことが窺われ、また、湿度を低下させることは、費用がかかることで、どこまで湿度を下げればよいかは重要な技術情報であり、単に理論上湿度の低下が有利であるとしても、理論上の湿度よりも湿度が高くとも十分同一の効果があることが分かれば、それ以上の水分の除去を行わないのが技術常識であって、ミストの除去で十分な場合には、露点温度をマイナス四〇度Cにするなどということは常識上あり得ず、ミストをできるだけ除去するという引用例の記載は、水分をできるだけ除去する程度を示す情報でしかない。

4  本願発明と引用例記載の発明との対比について

本願発明と引用例記載の発明とを対比すると、両者は、水銀を含有する気体を、硫酸を含浸せしめた活性炭と接触させることにより、気体中に含まれる水銀を吸着除去する点においては一致しているが、引用例には、本願発明の吸着処理の際の条件については全く記載されておらず、また、本願発明の処理と実質的に同一な処理方法が記載されているものでもない。引用例には、前記の記載があり、右記載によると、引用例には、処理すべき気体中に共存する微細な水滴(ミスト)を分離すること、その手段として、被処理気体を冷却して過飽和の水分を凝縮液化せしめ、ミストとして分離することが記載されているものというべきところ、右のように、被処理気体を冷却して共存する微細な水滴を分離、除去した後に、吸着剤を接触せしめるということ、すなわち、吸着温度が低温の方が吸着率は高く、また、ダストやミストなどの夾雑物はできるだけ取り除いておいた方がよいことは、気体状の物質の吸着操作における一般的な常識であるから、引用例の右記載は、このことを単に附記したものにすぎず、したがって、右記載中には、湿度の多い高温の気体を更に昇温して、より高い温度で吸着剤と接触させるという思想は全く含まれていない。これに対し、本願発明においては、湿分の多いガスでも、示された条件に吸着剤を昇温しておけば、ガス中の水分を予め除去することなく、そのまま吸着剤と接触させて極めて効果的に水銀を除去することができるものであり、この両者の相違を具体的な数値に基づいて詳述すると、引用例記載の発明は、被処理気体の温度、湿度及び吸着温度などについて具体的な数値を示すものではないので、常識的に判断して、室温(二〇度C程度)で実施されるものとして比較すれば、引用例記載の発明においては、特別の前処理をしない通常の状態では、被処理気体の湿度は二〇度Cでの飽和蒸気圧一七・五mmHgに相当する量を含んでおり、これを同温度(二〇度C)で捕集剤と接触させることとなり、また、仮に、前記のように除湿のため予めブライン等で冷却したとしても、気体の温度は通常一〇度C前後であり、その場合の水分は九・二mmHg程度に低下するが、捕集剤と接触する温度も、当該気体と同温度、すなわち、一〇度Cまで低下し、その温度で処理することになるのに対し、本願発明においては、水分が一七・五mmHg(二〇度C飽和蒸気圧)の場合には、捕集剤と接触させる温度は七四・二度C以上、水分が九・二mmHg(一〇度C飽和蒸気圧)の場合には、六二・二度C以上の高温で処理しなければならないのであって、本願発明の特定の算式で示される条件は、引用例記載の発明とは全く趣旨を異にするものである。なお、本件審決は、吸着剤を条件式で特定される温度に保持することは、本願発明の要件とされているが、吸着剤を条件式で特定される温度に昇温することは、本願発明の要件とはされていない旨説示するが、本願発明は、被処理気体を昇温する場合を含み、そのほかに水分圧の低い気体(予め乾燥した気体)を処理するについて昇温の必要のない場合をも含むものであり、また、本件審決は、引用例記載の発明における気体に含まれる水分をできるだけ除去しておく程度とは、気体に含まれる水分が吸着剤で捕捉されないような程度であり、このことは、気体に含まれる水分を飽和蒸気圧より相当低めた値とすることを意味する旨説示するが、引用例には、前記のように記載されているにすぎず、本件審決が説示するようなことは記載されておらず、ガス中に含まれるミストや水分の除去の例として、冷却による水分除去の例が示されているのみで、他の方法、特に、被処理ガスの温度変化を伴わない除湿、例えば、乾燥剤の使用等については一切触れられておらず、水分除去の程度についても、具体的な開示は全くなく、いわんや、水分含有量とその及ぼす効果についての具体的な関係を示すものは全くなく、あくまでも、吸着剤(活性炭)による特定の物質(水銀)の選択的吸着操作における一般論が記載されているにすぎず、その方法にしても、当然のことながら通常の常識的に考えられる方法が示されているにとどまるものであり、ちなみに、乾燥剤を用いた場合を想定すると、本願発明の条件では、常温附近の二〇度Cで処理するためには、被処理気体中の水分は、マイナス二五度C飽和湿分相当量以下にまで除湿しなければならないが、この値は、空気中の絶対湿度に換算すると、5×10-4〔kg・H2O/kg・乾き空気〕であり、引用例のミストや水分をできるだけ除去する旨の記載を、常温附近で乾燥剤を用いて右の値を達成することまで意味するものと解することには、到底無理があり、現実的ではなく、また、ミストや水分を除去する程度にしても、具体的な値として、二〇度Cで処理するのに、マイナス二五度C相当分、飽和蒸気圧の低減率として九六・四%も低めた値とすることまで意味するものと解するには、無理があるものといわなければならない。被告は、水分をできるだけ除去する旨の引用例の記載が、あたかも引用例のそのほかの記載と独立しているかのように主張するが、右主張は、前記引用例の記載を無視した主張というべきである。また、被告は、除湿法によれば、露点温度がマイナス四〇度C以上のものを得ることは困難ではない旨主張するところ、気体が有用なもの、閉鎖系の場合、小量の場合などには、右のような方法も適用可能と思われるが、前掲甲第五号証の一の第一四五頁の表六・一の除湿方法の一覧表にも示されているように、廃棄物処理場、汚水処理場及び精錬所等の廃ガスのように大量の汚れたガスを廃棄することを前提とした場合に、被告主張のような方法が適用可能なものとは考えられず、例えば、本願発明の実施例1の実験3の一二〇度Cで吸着処理する代りに、三七・八度Cで処理するものと仮定すると、一時間当りの除去すべき水の量は、

5000l/Hr×(55.3-2.1)/760×18g/22.4l=282gr/Hr

となり、吸着剤一〇〇cc当り水の除去量は二八二gを毎時間除去しなければならないことが分かるが、これを換言すると、ミストの除去で足りる場合に、吸着剤一〇〇cc当り毎時二八二gの水の除去(実施例1では、一五〇時間であるから、四二・三リットルの水を除去しなければならない。)をするということは到底考えられないことであって、このことは、ミストや水分の除去というときに、気体の乾燥や脱湿まで考えることはないということを示している。これに対し、本願発明は、被処理ガスよりの水分の除去をせず、ガス中の水分圧に応じて、加熱又は冷却し、特定の条件下で処理を行うところにその特徴があるものである。また、被告は、水蒸気圧と温度との関係を推定するためのものとして、キルヒホッフの式が知られている旨主張するが、キルヒホッフの式は、液相が存在する純粋液体の蒸気圧Pを求める式であり、独立変数として温度Tを求めるだけでよいとするものであって(昭和四五年七月三〇日朝倉書店発行の「蒸留工学ハンドブック」)、液相が存在することを前提とし、何かを溶解している溶液には適用できないものであるところ、本願発明の被処理ガスには液相がなく、また、吸着剤に液相があるか否かは不明であるし、活性炭上に液体が存在するか否かも不明であるから、本願発明にキルヒホッフの式を適用し得ないことは明らかである。更に、被告は、前掲乙第一号証及び第二号証記載の相対湿度七〇%及び四〇%の例をあげ、水銀の吸着と水分の吸着とは競合関係にあるから、水銀の吸着除去を効果的に行うには、水分による悪影響を除く必要があるとしたうえで、引用例の「捕集剤の寿命を延ばし、活性を維持する上から望ましい」旨の記載は、右課題を記述したものと解される旨主張するが、被告の右主張は、吸着除去の効果と捕集剤の寿命とをすり替えて論じるものであり、より大きな問題は、本願発明において規定されている条件の臨界性を無視していることである。すなわち、引用例記載の発明では、ミストの分離だけで十分としているが、本願発明では、本願発明の願書添附の図面に示されているとおり、実線の右側と左側とでは、除去能力に明確な差異があることが示されており、例えば、実施例3における被処理ガスは、露点がマイナス一〇度C(水蒸気分圧二・一四mmHg。これは、実施例1の三・九%程度の水分を含有している。)で問題なく水銀の除去がされているのに対し、その比較例では、水銀の除去は不十分である。このように、比較例では、単に温度が低い(ただし、水の含量は同一)だけで除去が不十分であることが明らかであり、更に、本願発明で要求している条件と通常の地球上の条件とを比較しても、乙第一号証及び第二号証に基づいて前述したとおり、本願発明による相対湿度は、極度に低く、この臨界性を無視することはできない。更にまた、被告は、本願発明及び引用例記載の発明は、いずれも相対湿度を下げている点で技術的思想を同一にするものである旨主張するが、引用例に相対湿度を低下させることについての記載がないことは、前述のとおりであり、かつ、前記処理温度、露点及び相対湿度の関係を示す表と乙第一号証及び第二号証の記載内容との対比から明らかなとおり、本願発明において規定する相対湿度は一〇%以下であるのに対し、一般に他の成分の影響をなくし、あるいは活性炭が水分を吸着する割合が急激に増加する基準となる相対湿度は七〇%ないし四〇%であって、この程度の相対湿度では本願発明の所期の目的は達成されないものである。なお、被告は、本願発明の明細書記載の実施例について言及しているので、この点について説明すると、本願発明の明細書には、実施例1、2及び4ないし6のように水分を添加した例、実施例3のように水分を除去した例など各種の水分含有の被処理気体を対象にしたものが記載されているところ、実施例1、2及び4ないし6では、被処理気体に大量の水分を加えているのであって、本願発明の実施が水分を除去しないでも可能であることが示されており、例えば、気温二〇度C、相対湿度八〇%とすれば、空気一リットル当り一三・八ミリグラムの水分を含むが、四〇度C、相対湿度一〇〇%とするためには、五〇ミリグラム/リットルへ増湿する必要があり、三七・二ミリグラム/リットルの水分の添加を必要とするが、これを実施例3の実験番号3に当てはめてみると、総計二七九〇〇グラムの水分の添加を必要とし、このように、本願発明は、水分を除去することとは異なる技術的思想によるものである。被告は、実施例3をもって水分をできるだけ除去した例であると主張しているところ、確かに、この実施例の被処理ガスは、水分を除去しているが、実施例3の比較例をみれば明らかなとおり、温度を考慮しないで、いくら水分を除去しても、本願発明の効果はもたらされないのである。更に、被告は、露点を下げれば、本願発明の条件式を満足させる状態となり、これが引用例記載のできるだけ水分を除去した状態に相当する旨主張するが、本願発明の条件式で要求する相対湿度は、一〇%以下の極度の乾燥状態であり、それが臨界的意義を有するのに対し、引用例には、右のような技術的思想を示唆するような記載はない。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

一  請求の原因一ないし三の事実は、認める。

二  同四の主張は、争う。本件審決の認定判断は正当であり、原告主張のような違法はない。

1  本願発明の要旨について

本願発明は、本願発明の明細書の特許請求の範囲に記載されているとおり気体中の水銀除去法であって、条件式で示されているように、同じ水分圧の下ではより高い操作温度で、また、同じ操作温度ではより低い水分圧で水銀含有気体を硫酸含浸活性炭と接触させることにより、優れた水銀除去効果を奏するものであることは認めるが、原告主張のように、処理操作上、条件式で示された条件を達成するには、通常の状態では、加熱昇温しておくことが必要であるとして、吸着床を加熱昇温することが本願発明の要旨とするかのように解釈することはできない。原告は、操作温度とは、被処理気体及び吸着剤のそれぞれ単独ないし双方を条件式に保持することを意味する旨主張するが、操作温度とは、あくまでも操作を行うときの温度であって、被処理気体あるいは操作時の吸着剤の温度は、操作温度に等しくなるにすぎず、原告主張のように操作温度にある概念を盛り込んで定義し、その結果として、本願発明は限定された温度条件下で水銀の除去を行うものであるとの結論を導くことは許されない。

2  引用例の記載について

原告は、引用例の記載について、吸着温度が低い方が吸着率は高く、また、ダストやミストなどの夾雑物はできるだけ除去しておいた方がよいという、気体状の物質の吸着操作における一般的常識を単に附記したものにすぎない旨主張するが、引用例にいうミストの除去とは、空気中に浮遊するミストを取り除くことであり、他方、引用例にいう水分の除去とは、空気中に含まれる水分を除去することであって、両者は、別個の技術であるから、引用例においては、両者を並列して記載しているのであり、そして、その後に続く記載は、そのうちのミストの除去だけを具体的に示したものであって、この記載をもって水分の除去だけを具体的に示したものとすることはできない。

3  技術水準について

競合吸着を起こす複数の物質を含む気体からある特定の物質を吸着する場合、他の物質の存在によって吸着効率が下るのを妨ぐため、他の成分の影響を小さくしようとすることは、気体状物質の吸着操作における一般的な常識であり(前掲乙第一号証)、また、活性炭を使用した吸着において、被処理ガスの相対湿度が高いと、活性炭が水分を吸着する割合が急激に増加することも、普通に知られていることであり(前掲乙第二号証)、これを硫酸含浸活性炭による水銀含有気体の処理についてみると、硫酸が水銀の吸着を左右していることは明らかであり(本願発明の特許公報第二頁第四欄第四行ないし第六行、引用例第二頁上段左欄末行ないし右欄第五行)、更に、硫酸が吸湿性を有することも周知の事実であり(昭和三三年一二月一五日日刊工業新聞社発行の「除湿」第六四頁)、しかも、活性炭も吸湿能を持つものであって、硫酸含浸活性炭による水銀含有気体の処理において、水銀の吸着と水分の吸着とは競合関係にあるから、水銀の除去を効果的に行うためには、水分による悪影響を除く必要があり、この気体状の物質の吸着操作における技術水準を考慮するとき、引用例の「水分を出来るだけ除去しておくのが捕集剤の寿命を延ばし、活性を維持する上から好ましい」旨の記載は、右課題を記述したものと解され、このことを前提として引用例の右記載をみると、引用例には、原告主張のミストの除去のほかに、水分をできるだけ除去した乾燥空気を被処理ガスとすることをも開示しているものと解するのが妥当である。ただ、引用例には、水分をできるだけ除去することの具体的な例示がされていないというにすぎない。したがって、原告主張の本願発明の水分圧に対する操作温度の限定は、相対湿度を保持するためのものであるところ、右の本願発明の特許出願当時の技術水準に照らすと、右の点は、引用例記載の発明においても当然に行われていることであるというべきである。

4  本願発明と引用例記載の発明との対比について

本願発明は、水銀含有気体を硫酸含浸活性炭と接触させるとき、操作温度と気体中の水分圧とを特定の条件式で関係づけており、他方、引用例には、水分をできるだけ除去したものを被処理気体とするとの開示があり、これを換言すると、前者は乾燥の度合を定量的に定めたものであるのに対し、後者はこれを定性的に定めたものではあるが、本願発明の条件式及び引用例の右の開示からすると、乾燥の度合が高いものにあっては、両者が同一の操作条件の下で実施されることは明らかであり、ただ、本願発明は、その乾燥の度合がどの程度低いことが許容されるかを条件式をもって示したものということができる。原告は、乾燥剤を用いた場合を想定して、本願発明の条件では、常温附近の二〇度Cで処理するためには、被処理気体中の水分は、マイナス二五度C飽和湿分相当量以下にまで除湿しなければならないことになり、到底無理であり、現実的でない旨主張するが、空気の除湿には、冷却除湿法、圧縮減湿法、吸湿剤法等があり、そのうち吸湿剤法の一種である吸着剤法によると、実質上完全な乾燥空気と考えられる。露点温度がマイナス四〇度C以上に空気を除湿することは、別段の困難性を伴うものでもない。してみれば、吸着剤を使用して本願発明の条件式によって特定されているような乾燥度を得ることに無理があり、現実的でないということもできない。このように、引用例の前記記載は、硫酸含浸活性炭が雰囲気中の水分を吸着することによって生じる水銀吸着の効率低下を防止することを意味し、また、活性炭は、ある雰囲気湿度を境として水分吸着量に急激な変化をみせるから、水分吸着による悪影響を防止しようとするとき、被処理気体の湿度を、安全度を見込んでその急激な変化が現れる値以下に保つ必要があり、他方、水蒸気圧と温度との関係を、両者を変数とした一つの式で推定することは、キルヒホッフの式にみられるように、普通に知られていることである。してみれば、許容される水分圧の上限を操作温度との関係においてどのような値に設定するかは、水分をできるだけ除去した被処理気体に含まれる水銀を硫酸含浸炭により吸着除去する発明を実施していく過程において、当業者が適宜定め得る実操業上の問題にとどまる。そして、条件式の係数をどのような値にするかは、その発明の反復実施によりおのずから明らかになる。したがって、本願発明は、引用例記載の発明の一具体的態様にすぎない。原告は、本願発明の特徴は、水分圧に対する操作温度の限定にある旨主張するが、本願発明の特許請求の範囲には、操作温度と水分圧とを所定の関係に維持することが記載されているだけであり、水分圧に対する操作温度の限定は、右の所定の関係の一態様であり、また同様に、操作温度に対する水分圧の限定も一態様といえる。要は、被処理気体の相対湿度を下げ、吸湿に起因する水銀吸着能の低下を防ぐことにあるが、相対湿度を下げるため、除湿と並んで昇温があることは、古くから知られており、例えば、被処理気体を昇温すれば、その温度に対する飽和蒸気圧は、キルヒホッフの式に示されるように高くなり、その結果として、飽和蒸気圧に対する現実の水分圧の比、すなわち、相対湿度は低下する。この点、引用例記載の発明においては、除湿により相対湿度を下げており、他方、本願発明においても、除湿によるか昇温によるかを問題とせず、とも角、一般式で示される条件を満足するようにして、原告主張の本判決添附の別表のとおり相対湿度を下げているのであるから、両者は、技術的思想において同一であるというほかはない。なお、温度条件導入の点において、両者は、技術的思想を同一にするものではないと仮定しても、本願発明は、その実施の態様において、引用例記載の発明と同一の場合があることを排除していない。すなわち、本願発明は、その一例として、実施例3では、シリカゲルにより露点を下げた被処理気体を、加熱器で昇温した水銀吸着器に通しているが、この例は、露点の下げ方が不十分なため、一般式を満足させる状態に至らず、その不十分である点を水銀吸着器の昇温でまかなっているのであろうが、そうであるとすれば、露点の下げ方が十分である場合、別に水銀吸着器を昇温しなくとも、一般式を満足させる状態が得られ、これは、引用例にいう水分をできるだけ除去したものに相当するということができる。なる程、引用例においては、操作温度について言及していないが、そのことは、被処理気体を加熱も冷却もしない、そのままの温度で処理することと解釈するのが妥当であり、引用例記載の発明が本願発明の一例として把握されることを意味する。また、水分をできるだけ除去することを中心に据えて考えるとき、一般式で示される条件は、水分をできるだけ除去しておくことの具体的態様を示したにすぎないものというほかはない。

第四証拠関係《省略》

理由

(争いのない事実)

一  本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告の主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二  原告主張の本件審決の取消事由の有無について、以下判断することとする。

前記本願発明の要旨及び〈証拠省略〉(本願発明の特許公報)によれば、本願発明は、水銀を含む気体中より水銀を除去する方法に関し、特に硫酸を含浸せしめた活性炭を用いて処理することを特徴とするものであるところ、近年、水銀による環境汚染が重視されはじめ、従来あまり問題にされなかった廃棄物焼却所の排煙あるいは汚水処理場の余剰汚泥の焼却ガス中に存在する水銀の処理が問題となってきているほか、非鉄金属の精錬工程及び水銀鉱山でも大気中に拡散する水銀の除去処理を必要としているが、右のような場所で発生する気体中には多種の不純物、特にハロゲン化合物、硫黄酸化物、各種重金属類を含むため、種々の障害があり、これら気体中の水銀の経済的な除去法は必ずしも確立されているとはいい難く、従来、気体中の水銀除去法には、大別して湿式法と乾式法とがあり、更に、湿式法としては、塩素水洗法、過マンガン酸カリ法、濃硫酸洗浄法があり、また、乾式法としては、各種の吸着剤を用いて気体中の水銀を除去する方法が提案されているが、いずれにも実用上問題が多く、このような現状にかんがみ、本願発明の発明者は、気体中の水銀の除去に関し、技術的にも商業的にもすぐれた効果をもたらす除去法を開発すべく種々の検討を重ねた結果、硫酸を含浸させた活性炭が気体中の水銀の吸着剤として極めて高い除去効率を有するとともに、長時間の使用に耐えるに十分な吸着容量を有すること、特に、硫酸を含浸させた活性炭を用いた場合、処理すべき気体中に硫酸化合物やハロゲン化合物等の夾雑物が存在するときでも、全く安定した水銀吸着能力を示し、従来公知の方法に比し極めて広範な分野において適用可能なことを見出し、本願発明においては、処理すべき気体を、硫酸を含浸せしめた活性炭と接触させて、気体中に含まれる水銀を該活性炭に吸着して除去することにしたものであるが、その効果的な実施のため、更に、その操作条件等について詳細な検討を加え、その結果、気体中の水銀の除去率は処理すべき気体中の水分及び処理温度と密接な関連を有すること、特に、本願発明の要旨に一般式で示した特定の条件下においては、処理後の気体中の水銀の量を、現在一般に広く用いられている水銀検知管(検知限界〇・〇二ppm)により検知し得ない量にまで除去し得ることを見出し、本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載に同じ。)のとおりの構成を採用したものであって、本願発明は、右の構成により、気体中の水銀の除去について右のとおり顕著な効果を奏するばかりか、従来、吸着剤は高温では吸着能力が低下することが指摘されていたところ、本願発明の吸着剤にあっては、その条件式からも明らかなとおり、気体中の水分より高温でも十分な吸着能力を有するものであり、例えば、廃棄物焼却炉、鉱石焼却炉等の廃ガスのように通常一二〇度Cないし一八〇度C程度の高温ガス中の水銀除去に適用する場合でも、これらを予め冷却する工程を不要とし、直接水銀除去を実施し得ることを意味し、経済的であるという効果をも奏するものであること、並びにこのような特徴を有する本願発明の一般式で示された気体中の水分と処理温度との関係を実施例に即して相対湿度で示すと、本判決添付の別表記載のとおりであること(この点は、被告の認めるところでもある。)が認められる。

他方、《証拠省略》(特開昭四九―六五三九一号公開特許公報)によれば、引用例記載の発明は、本願発明の特許出願とは出願人及び発明者を異にして、本願発明の特許出願の日の前である昭和四七年一〇月二六日に特許出願され、本願発明の特許出願の後である昭和四九年六月二五日に出願公開されたものの願書に最初に添附した明細書記載の発明であって、鉱酸(硫酸、硝酸、隣酸など)と接触せしめた活性炭を有効成分とする水銀蒸気の捕集剤に関するものであるところ、従来、水銀法食塩電解工場その他水銀を取り扱う工場においては、高純度水素の製造、環境対策並びに水銀の回収及び再使用上、ガス中の水銀蒸気の捕集は非常に重要であり、その方法として凝縮分離法、吸着法及び洗浄液による吸着法等種々のものが提案されており、そのうち最も実用的な吸着法としては、モレキュラーシーブス、SO2ガスを吸着させた活性炭、塩化カルシウムを担持させた活性炭、銀等の貴金属を担持させた活性炭及び銀を担持させたアルミナ等の吸着剤を用いる方法が提案されているが、工業的には高価な貴金属やSO2等の有害物質を使用せず、低廉で優れた水銀吸着能を有する水銀蒸気の捕集剤の出現が強く望まれている状況下において、水銀吸着能の大きい捕集剤について種々研究を重ねた結果、鉱酸と接触させた後乾燥させた活性炭が、著しく優れた水銀吸着能を有することを見出し、鉱酸と接触せしめた活性炭を有効成分とする水銀蒸気の捕集剤なる構成を採用したものであり、この構成によれば、一般の廃ガス中の水銀の除去のほか、特に水銀法食塩電解工場より発生する水素中の水銀除去に極めて有効であるとの効果を奏するものであること、並びにこの水銀吸着能は、鉱酸の水銀に対する親和力の増大によるものであって、活性炭自体には水銀吸着能はほとんどないものと推考され、その具体的な実施に当たっては、原料活性炭の種類、粒度及び形状等は特に限定されず、活性炭を鉱酸に浸漬させるなどした後、これを乾燥させて捕集剤とし、水銀蒸気の捕集に際し、ガス中に含まれるミストや水分をできるだけ除去しておくのが捕集剤の寿命を延ばし、活性を維持するうえから好ましく、例えば、水銀法食塩電解工場より発生する含水銀蒸気ガスから水銀蒸気を捕集する場合には、まず、含水銀蒸気ガスを水洗塔に通してミストを除去し、ブライン冷却により水銀濃度を約1/3ないし1/10とし、更に、ミストセパレーターでミストを除去し、次いで、捕集剤と接触させる方法によるのが望ましいことが認められる。

以上認定の事実に基づき、本願発明と引用例記載の発明とを対比考察するに、両者は、水銀を含有する気体を、硫酸を含浸せしめた活性炭と接触させることにより、気体中の水銀を除去する方法である点においてその技術的思想を共通にするものであるが、本願発明は、更に気体中の水銀除去の操作条件を一般式で示される条件に限定することにより、本判決添付の別表記載のとおり気体の相対湿度を一〇%以下にまで低下させることによって、気体中の水銀の除去効率を一層高めるという所期の目的を達成するものであるのに対し、引用例記載の発明は、水銀除去の操作をするに当たり気体中の水分をできるだけ除去しておくのが捕集剤の寿命を延ばし、活性を維持するうえから好ましいとするにすぎないものであるところ、《証拠省略》(昭和三六年一二月二五日廣川書店発行の「吸着技術」第一二八頁)によれば、吸着剤(活性炭を含む。)及び処理気体が湿っていると、吸着力が低下するので、関係湿度(相対湿度)を七〇%に低下させて吸着力の低下を防ぐことが当時の技術水準であったことが認められるから、引用例の前記気体中の水分をできるだけ除去するという技術事項には、気体の相対湿度を低下させるという技術的思想を包含するものと解することができなくはないけれども、本願発明のように操作条件を一般式で示されているような条件に限定するものではなく、気体の相対湿度を一〇%以下にまで低下させるという技術的思想までをも開示するものということはできず、かえって、乙第一号証による前記認定事実及び《証拠省略》(化学工業社発行(昭和四六年五月一五日第一版第一刷、昭和五〇年七月一日同版第二刷発行)の「吸着」第八九頁)により認められる、水は関係湿度(相対湿度)四〇%附近までほとんど活性炭に吸着されないという当時の技術水準に照らすと、引用例は、気体の相対湿度をせいぜい七〇%ないし四〇%にまで低下させる技術的思想を開示するにとどまるものであり、また、引用例記載の発明は、本願発明が奏するような顕著な効果を奏するものとは認め難く、したがって、本願発明をもって引用例記載の発明と同一であるとすることはできないものというべきである。被告は、本願発明の水分圧に対する操作温度の限定は、相対湿度を保持するためのものであるところ、本願発明の特許出願当時の技術水準に照らすと、右の点は、引用例記載の発明においても当然に行われていることである旨主張するところ、前認定の当時の技術水準に照らすと、引用例記載の発明にも、相対湿度を低下させるという技術的思想が含まれているものといえなくはないが、本願発明のように相対湿度を一〇%以下にまで低下させるという技術的思想までも含まれているものということのできないことは、前説示のとおりであるから、右主張事実をもって本願発明と引用例記載の発明とは同一であるとすることはできないとの叙上判断を左右するものとはいえず、したがって、被告の右主張は、採用することができない。また、被告は、許容される水分圧の上限を操作温度との関係においてどのような値に限定するかは、水分をできるだけ除去した被処理気体に含まれる水銀を硫酸含浸炭により吸着除去する発明を実施していく過程において、当業者が適宜定め得る実操業上の問題にとどまり、条件式の係数をどのような値にするかも、その発明の反復実施によりおのずから明らかになるから、本願発明は引用例記載の発明の一具体的態様にすぎないとか、両発明ともに相対湿度を下げているのであるから、技術的思想において同一であるとか、更には、本願発明の一般式で示される条件は水分をできるだけ除去しておくことの具体的態様を示したにすぎない、などと主張するところ、両発明は、水銀除去の操作をするに当たり、相対湿度を低下させる点において共通するものであるとしても、相対湿度の低下は七〇%ないし四〇%までと考えられていた、両発明の特許出願当時の技術状況のもとにおいて、本願発明は、相対湿度が一〇%以下になるような操作条件、すなわち、本願発明の要旨に一般式で示した特定の条件下においては、水銀除去について顕著な効果を奏するとの知見に基づき、右の一般式で示した特定の条件を本願発明の構成要素としたものであるのに対し、引用例記載の発明は、相対湿度を七〇%ないし四〇%に低下させるという技術的思想は包含するものということができるとしても、相対湿度を一〇%以下に低下させるという、本願発明にみられる技術的思想までをも包含するものということのできない発明であることは、前説示のとおりであって、両発明は、全体として技術的思想を異にするものであり、したがって、被告の右主張も、採用の限りでない。

以上によれば、本件審決は、その余の点について判断を加えるまでもなく、本願発明の要旨及び引用例記載の発明の技術内容の認定を誤った結果、本願発明と引用例記載の発明との対比において、両者の構成上及び効果上の差異を看過し、ひいて、本願発明をもって引用例記載の発明と同一の発明であるとの誤った結論を導いたものであるから、違法として取消しを免れない。

(結語)

三 よって、原告の本訴請求は、理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武居二郎 裁判官 清永利亮 川島貴志郎)

〈以下省略〉

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